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総長紹介 | 川口総長の部屋

総長コラム 2013年4月

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怒涛の式典シーズン終わる

 

今更言うまでもないが、立命館には二つの大学、四つの中学校、四つの高校、一つの小学校がある。ということは、これも当たり前だが、各校1回としても、合計11回の卒業式、入学式があることになる。総長は学校法人立命館の教学の責任者だから、法人の設置する学校の入学式、卒業式には出席して祝辞を述べるのは当然ではあるが、実際にはすべて出席するのは無理で、副総長の方々と分担して出席している。2月下旬から始まる卒業式、入学式はまさに怒涛のようである。

問題は学長を兼ねる立命館大学の卒業式、入学式である。こればかりは他の人に頼むわけにはいかない。何しろ1学年7,500名を数え、近年は家族の出席も増え、その倍の出席を見込まなければならない。これを1回でやることは学内ではとても無理。数年前から入学式は京セラドーム大阪をかりて1回で行っていたが、これも大阪でやることの違和感から、昨年からキャンパスでやるようになった。その結果、今年は、卒業式は衣笠キャンパスとBKCそれぞれで学部3回、大学院修士1回の4回ずつ、朱雀の専門職大学院1回、加えて、博士学位の授与式が、課程博士と論文博士それぞれがあり、合計11回。入学式も同じく、衣笠、BKCそれぞれ4回と朱雀1回で9回行われた。今年は、立命館小学校と立命館守山高校の卒業式、札幌の立命館慶祥高校と中学校の入学式に出席したので、述べ24回の式典で挨拶したことになる。

よく、内容は替えているのかと聞かれる。すべて替えることは不可能で、その必要もないと考えている。基本的に学校、課程ごとに替えているので、立命館大学の8回は同じ内容である。私と同席する副総長などの方々は同じ事を8回聞かされるわけで、いささか退屈であろう。私は、「落語と一緒、同じ話を楽しんでね、そのたび、間の取り方とか声色が違うから」と慰めて(?)いる。

 

日本では伝統的に入学式がにぎやかで華やか、卒業式は地味なものという印象が強いが、近年はずいぶんと様子が変わってきたように思う。欧米の大学にはそもそも入学式はなく、卒業式はなかなかにぎやかである。これは「日本の大学は入るのが難しく、出るのはやさしい。欧米の大学はその反対」といわれてきたことと関係があるように思われる。日本の大学はかつてより入学はやさしくなり、卒業ははるかに難しくなっているのである。立命館大学の場合で言うと、入学式は、校歌斉唱、学長式辞、新入生代表挨拶で終わる。着ているものも、壇上の大学代表は黒の略礼服、新入生も、男女を問わず黒系のスーツである。一方卒業式は、校歌斉唱、卒業証書授与、学長式辞、卒業生代表挨拶、校友会代表挨拶、学長表彰と続く。学長表彰は、卒業生の中で在学中、スポーツや文化活動で顕著な成績をあげた学生を表彰し、その業績も紹介される。壇上の大学代表はアカデミックガウンを着用。卒業生の女子の多くは和服、はかま姿である。

アカデミックガウンは近年日本のアカデミックガウン大学でもかなり着用するようになってきた。APUは開学以来卒業生が着用しているが、立命館大学では私が総長になって以来である。私の提案は、もともと、博士学位授与式では博士学位取得者に着ていただく必要があるだろう。留学生も多く、母国の大学の式典で出身大学のガウン着用が求められても困らないようにしよう、という趣旨であった。それが、せっかく作ったのだから、卒業式でも使おうということで現在のスタイルになったのである。

 

私はこれまで北米の大学の卒業式には、ピッツバーグ大学、アメリカン大学、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の3回出たことがある。ピッツバーグ大学はキャンパスではなく、市内のアイスアリーナで開かれた。式の最後に、映画で見たように、全員がキャップを高く放り投げたことが印象的であった。アメリカン大学は、いわゆる前期卒業式で、規模は小さく、アットホームな雰囲気であった。学部、修士、博士すべての課程修了者が行列を作り、全員が次々と壇上で各ディーンと握手して行った。博士学位取得者は取得学位と名前が呼ばれ、そのたびに会場やんやの喝采であった。面白かったのは、スコットランドの民族衣装を着けたバグパイプ楽団が場内を練り歩いたことであった。これは特にいわれがあるわけではないよう。式の途中、有名な人が講演するのがアメリカの大学の慣わしのようで、私が出たときはABCテレビのキャスターの講演であった。壇上の大学の役職員の人々はそれぞれ自分の博士学位を得た大学のガウンを着用していた。このとき一緒に行っていた産業社会学部の東教授は「あの人はハーバード、あの人はミシガン」と次々と教えてくれた。まことアメリカの大学ではガウンが文化になっているのだと思い知らされた。UBCは大きな大学で、卒業式は一度ではできず、キャンパスで数回に(確か7回)に分けて行われていた。このとき私たち立命館大学の代表もガウンを着て壇上に上がった。驚いたのは、非常勤の名誉職であるChancellor(通常は総長と訳すのだが)が卒業生の全員の額を小槌のようなもので、ポコンと叩いて “I admit you” と言うことであった。直訳すれば「あなたの入会をみとめます」となるのだが、校友会とかといった組織の入会ではなく、大学を卒業した人たちの一員になったという意味であるようだ。たぶん2,000人とか3,000人に及ぶ卒業生だろうから、気が遠くなるような話である。 多額の寄付をした人に名誉学位を授与し、その人たちにもガウンを着せて卒業式で紹介するのも、北米らしいと感心した。

入学式、卒業式はやはり大学にとっては一大行事、伝統や文化がにじみ出てくるものであろう。現在はやや模索期にあるように思われる。学生にとって意味深いものであるよう、今一度考えてみてもよさそうである。


 

  肩組みて校歌高唱この別れ

 


  被災子の学びの決意や春開く

   入学式の新入生代表の一人は岩手県の出身であった。復興への決意がまぶしかった


 

  木蓮の天を指したる蕾かな


 

  学び舎は桜さくらで迎えけり

   今年の入学式は珍しく満開の桜であった 満開の桜


 

2013年4月

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