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総長紹介 | 川口総長の部屋

総長メッセージ

社会と連携し、社会のニーズに真摯に応え続ける立命館

大学をはじめとする日本の教育・研究現場は、永く社会と一定の距離を置いて存在してきました。学問とは飽くなき真理の探求であり、社会の要求に影響を受けることなく研究者の良心によって追求されるべきであると、少なくとも研究者の間では長く考えられてきたからです。また、教育も社会から隔絶された独自の環境で行われてきました。これは「学問の自由」という言葉で表現され、特に戦時の教育と研究のあり方が時の政府の意向に大きく左右されてしまったという反省から、戦後の学校運営の最も聖なる基本方針の一つとされてきたものです。「学問の自由」という精神は、学術研究や教育が政府などのいかなる邪な圧力にも屈してはならず、研究者の自由な真理探究の精神こそが人類社会に多様な貢献をもたらすという意味において、今もなおその重要性は失われていません。むしろその意味は、現代においてこそ大切であると考えます。しかしこれが、学校が社会からの干渉やニーズを全く関知せず、研究者の営為はその興味と関心にのみ立脚すれば良いと捉えた場合、「学問の自由」という言葉は研究者や教育者の独善の隠蓑と非難されても反論できません。

高度成長期のような右肩上がりの経済成長はもはや望めず、あらゆる構成員がその社会的役割を社会に伝える責任を有する現代の日本社会において、学校ももはや例外ではありません。学問の自由を保証していただいている社会的コストに応じた責任があるのは、現代的義務とさえ言えます。しかしそうした義務的な意味でなく、むしろ積極的な社会との関わりが教育と研究の発展につながると、私は確信しています。

移動手段と情報技術の飛躍的発展がもたらしたグローバライゼーションは多くの利点をもたらしたものの、文化と文化の摩擦や世界的な経済格差ももたらしました。加速度的に進歩する科学技術は、社会のあり方や地球的環境さえ変容せしめる力を持つにいたっています。こうした現代社会において、教育は学校の中のみで完成することはできません。研究は、社会的役割やその影響を無視して推進することはできないのです。翻って言えば、社会と連携した教育・研究の推進こそが、今、最も求められており、それが成し遂げられた時、我々は先駆者として新しい教育と研究のモデルを世界に発信できるのです。私は、社会との連携により立命館学園を次のステージに向けて飛躍させたいと考えています。

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大学院をコアとする「研究の飛躍」と「きめ細かな教育」の推進

私はこれからの高等教育は、大学院をコアとする教育と研究の飛躍が重要であると考えています。修士課程・博士課程ともに教員と院生の徒弟的教育習慣から脱皮させ、科学的なカリキュラムの整備、集団的な指導体制を強化して、質・量ともに大学院を強化します。こうしたレベルの高い多くの大学院生を多様な形態で学部教育の現場で活用し、きめ細かい学部教育を実現します。これは現在のティーチング・アシスタントの強化というレベルではない、抜本的な学部教育への展開を目指さなければなりません。つまり、学部教育はこうした教員と大学院生が連携した教育体制を前提として、再構築されなければならないのです。また、このような学部での教育実践は、大学院生にとっても幅広い視野と柔軟な思考をもたらすことでしょう。

他方、研究分野においては、理工系だけではなく人文科学、社会科学の分野においても、一つのテーマの元に多様な分野の研究者が集まり集団的に研究を推進するプロジェクト型研究の傾向が強くなってきており、そこで多くの成果が生まれつつあります。そうした研究を成功させるポイントは3点あります。適切なテーマ設定、異分野の研究者の交流、そして優秀な研究スタッフの存在です。通常、大学院生が研究スタッフとして研究を支えていますが、優秀な大学院生を育成できるか否かが、今、研究を成功に導くための重要な鍵になっているのです。

今日、旧帝国大学に代表されるように研究に特化したり、地方国立大学のように教育に特化するような傾向が強く見られます。確かに、限りある資源を特定の分野に注力することで、短期的な成果を挙げることは可能でしょう。しかし、教育と研究はそれぞれ独立して成り立っておらず、バランスを欠いた偏重は最終的にどちらの利益にもならないのです。立命館は短期的な視野ではなく、本来の高等教育のあり方を見据えた教育と研究を推進していきたいと考えています。

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小学校から大学院までが連動する総合学園の強み

2006年に開校した立命館小学校の教育実践の取り組みが、今、様々なところで大きく注目されています。従来の小学校教育の枠組みや慣習にとらわれることなく、児童が本来持っている可能性と積極性を限りなく信頼した教育を展開しています。立命館小学校の1学年 120人という数字は、1学年7,000人近い立命館大学の規模から見るとごく小さく見えますが、そこで行われている教育実践の先端性と情熱は、附属中学校・高等学校はもちろん、大学・大学院の教育の手法に大きな影響を与えてゆくことでしょう。こうした先端的な取り組みの共有や相互連携の推進は、総合学園の強みであると考えています。

立命館は、今や立命館大学、立命館アジア太平洋大学、立命館中学校・高等学校、立命館宇治中学校・高等学校、立命館慶祥中学校・高等学校、立命館守山中学校・高等学校、立命館小学校を擁する、日本でも有数の総合学園です。教育だけでなく、研究、地域連携、スポーツ、文化・芸術などそれぞれの特性を活かした取り組みを互いに学び合い、高め合ってゆける存在を近くに有しているのです。これは、小学校・大学・大学院の縦の関係だけではなく、2大学にある各学部間、附属高校間など、横の関係でも同じことが言えます。こうした総合学園の強みを活かした学園全体の向上を目指していきたいと考えています。

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私立の誇りを胸に、更なる飛躍を目指す

旧帝国大学は、その起源から国家の人材育成政策に則って設立された高等教育機関であり、時の国策に大きく影響を受けざるを得ない性質を有していました。それは今も色濃く残っています。しかし当時、それは社会の求めるものと必ずしも一致していたわけではなく、その足りないものを補うように社会に立脚した学校が多く設立されました。それが私立学校だったのです。日本の高等教育機関の創生は、同時に、私立学校の誕生でもあったのです。立命館の起源である「京都法政学校」も、そうした社会の切実な要求に応じて生まれた学校でした。

戦後の高度成長期に高等教育の大衆化が進んだ時も同じことが言えます。経済の発展、日本の国際化のためにも、社会は高等教育を経た多様で活力のある人材を必要としていました。しかし、国公立大学は、国家百年の計である人材の育成の要求に充分に応えることができませんでした。日本の高等教育の大衆化は私立大学が担い、今日の成熟国家としての、知識基盤社会としての日本があるのです。

社会に立脚し、社会の求めに誠実に耳を傾けることこそ、立命館の精神です。1900年の京都法制学校の誕生より100年を超える歴史を経て、立命館はその形を大きく変え、日本有数の総合学園となりました。これは単にその規模を拡大してきたのではなく、その時々の社会の求めに応じ、立命館として応え続けてきた結果なのです。確かに「官」に立脚すれば手厚い保護と十分な環境を得ることはできるかもしれません。他方、「私立」はその資源にどうしても限界があります。しかし、限りある資源を最善に活用すべく、社会に立脚し、社会と連携してその方法を模索した時、従来の考え方では成し得ないもう一段上のステージへとブレイクスルーできるのです。

社会に立脚した私立学園として、官に依存することなく、今後も社会の要請に真摯に応えてゆく立命館であり続けたいと考えています。

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