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国際協力ナビ「知る・する・働く」
坂本達さんのページ
~国際人の履歴書第4弾~
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日時:2010年11月24日(水)16:30-19:30
場所:衣笠キャンパス諒友館地下・Cafe ROSSO
話者:坂本 達さん
なにをする・したひと?: 株式会社ミキハウスに入社。1995年9月から4年3ヶ月間の
有給休暇扱いで自転車世界一周の旅へ。 帰国後も、日本を横断する「夢の架け橋
プロジェクト」や、お世話になった国への「恩返しプロジェクト」として、ギニアで井戸・
診療所の建設、ブータンで幼稚園&小学校設立を手掛けてきた。現在も、人事部での
勤務の傍ら、講演や執筆活動を続けている。
キーワード:①夢②感謝③チャレンジ
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国際協力・国際交流の経験者を囲んだ懇談会を数回のシリーズに分けて行う「国際人の履歴書2010」。第4弾は、11月24日(水)、株式会社ミキハウスの人事部で勤務の傍ら国際協力活動を続けている坂本達さんをお招きした。会場には70名近くの学生・院生が入り、大盛況での幕開けとなった。
坂本氏の講演会と言えば、ギニアの民族衣装に身を纏って登場するのがいつものスタイル。ゲストスピーカーの予期せぬ姿を見て、学生からドッと驚きの声が上がった。
4年3ヶ月の世界一周
少年時代にパリで見たツール・ド・フランス(世界最大の自転車レース)に魅せられたことと、もっと外の世界を見てみたいという好奇心旺盛な性格から、いつからか自転車で世界一周の旅に出たいという夢を持つようになった。就職説明会で、「子ども達のために出来ることは何でもしたい」という社長の信念に共感し、ミキハウスへの入社を決意した坂本氏に転機が訪れたのは社会人になってから。当時、ミキハウスには業務の改善点や個人的な希望などを会社に提出する業務レポートがあった。坂本氏は業務レポートの中で、「世界中にミキハウスの商品を宣伝します」という企画案を入社直後から毎回書き、自転車で世界一周するという自分の夢を訴え続けた。何の反応もないまま4年目に入り、自らスポンサーを探して、ついに退職を決意した時、社長直々のゴーサインが出たのだ。
自分を見つめ直す機会
「当たり前と思ってはいけない。全てのことに『感謝』をしなくては」これは、坂本氏が学生時代に父親から学んだ人生の教訓だ。当時留学を目前に控えた坂本氏は、父親から資金を借りようとしたが、断られた。「お前はお金を借りられる事を当たり前だと思っているだろう。だから駄目なんだ」この言葉は、坂本氏の心の奥深くに響いた。
実際、世界一周中も自ら反省する場面に何度も遭遇したそうだ。とあるアフリカの村での出来事。そこでは、1日に2食しか食事が提供されない。旅人にとって、栄養のある食事は命の源であるから、3食出てこないことに不満を感じていた。ふと、周りの子ども達を見ると、笑顔で嬉しそうにご飯を食べているではないか。その時に坂本氏は自分がちっぽけに感じ、とても恥ずかしい思いをした。子ども達は、ないものに不満を感じるのではなく、あるものに感謝をするということを、小さいながらに理解していたのだ。

他にも、旅の中で忘れないエピソードがあると、坂本氏は語る。アフリカのまた別の村で歓迎を受けていた時に、晩御飯に芋虫を差し出された。十分な食事が手に入らない村人にとって、栄養価たっぷりの(!)芋虫は貴重な食べ物。みんなの視線を感じていたものの、すぐには手を付けられないでいた。気が付くと、何となく不穏なムードがその場を流れ始めた。坂本氏は覚悟を決めた。恐る恐る芋虫を手に取り、目を閉じたままパクっと口に放り込んで飲み込んだ。そして目を開けてみると、ついさっきまで怖い顔をしていた村人達が、みるみる笑顔に変わった。「君は今までの旅人とは違う」村人達は、そう感じてくれたのだ。その時に坂本氏は、本当の国際理解というのは、相手が大事にしているモノ・文化を、自分も大事にできることなのだと悟った。
帰国後、再び。
帰国後、数日後にはミキハウスに復帰。心配をよそに、みんなが笑顔で迎え入れてくれた。でも、いつまでも会社に甘えているわけにはいかない。会社にも、社会にも、そして、世界一周中にお世話になった人々にも、どうやって恩返しが出来るのか。社会人として結果を出さなくてはならない。
坂本氏は、経験を通じて夢を語る大人が必要と感じ、2002年5月、自転車で日本を横断し、全国の小学校を講演して回る「夢の架け橋プロジェクト」をスタートさせた。また、2006年には母校の早稲田大学で、ブータンを通じた異文化理解講座の客員教員を務めた。坂本氏は言う。「何かしたいことがあったら、アンテナを広げ、声を大にして言うことが大切」今までの様々なプロジェクトは、色んな人の理解・協力があって初めて実現した。早稲田大学で講座の担当が出来たのも、以前、内閣府主催の青年事業に一緒に参加した知り合いが、偶然そのタイミングで早稲田大学の学生だったことがきっかけだ。坂本氏を見ていると、とにかく、何事にも恐れないチャレンジ精神とその揺るぎない決意、そして何よりも、絶対にやるんだという気概が伝わってくる。
夢をかなえるということ

世界一周も、大学での講座も、各プロジェクトも、点が線に、線が面につながった結果実現したということを、坂本氏は強調する。
少年時代に憧れた自転車レースの世界。自分の五感で外の世界に触れ、外国の人と友達になりたいという好奇心。この2つの想いが交差し、社会人になっても決して夢を諦めることなく、周りのサポートと理解を勝ち取った坂本氏の次の夢は何か。「いつかまた、自分の子どもを連れて旅に出たいですね!」はにかみながらそう話してくれた坂本氏。人から愛される親しみやすい性格が周りの人を呼び寄せ、きっとまた夢を実現させる。そう感じたのである。
*アンケート一部抜粋*
- 坂本さんに会えた!話を聞いていると、やりたいと思っていたことを、やろうと思えた!(産業社会)
- 自分のちっぽけな不安や心配が本当にちっぽけに感じられた。(-)
- 夢というものは人から人へ伝わっていくところから始まることを改めて理解しました。(文)
- 実体験をもって語れる話にはとても説得力がありました。(法)
- 少し自分を信じるようになりました。(政策)
☆Special Thanks to monolab & CheRits☆
※坂本氏のオフィシャルHPはこちら
[レポーター:小澤(国際協力ナビ担当職員)]





